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異界錬金 一章「萌芽」1




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一章「萌芽」1



右手は動く。
左手も動く。
右足さえ動く。
左足まで動く。
痛み…たんこぶがひとつできているようだが他に異常なし。
─結論。
「運がいいにも程がある」
 瓦礫の隙間で逆さになりながら、自らの身に起きた冗談さながらの奇跡を実感する。
 先ほど飛来した巨大な鉄塊は、教会の尖塔を押し潰すように墜落し、周囲二、三の建物を豪快に巻き込みながら、巨大なクレーターを形成してみせた。
 降り注ぐ粉塵と瓦礫を必死で回避しつつ全力で撤退していたジョージだが、不可視の爆風までは、いかに類い希な動体視力と運動能力を持ってしても避けようが無く、努力むなしくあえなく吹き飛ばされてしまった。
 ちょっとした走馬燈の後、気がつけばこうして瓦礫から生えた鉄骨に、てるてる坊主よろしくぶら下がっているという次第だ。
 目線をあげれば、そこには機体のあちらこちらから火花と煙を噴き出す鉄塊。毎度おなじみ破壊ロボがアームを振り回しながら横転していた。
 そしてその上で、
「えぇえええええい! 何であるかあのパチモン風情が!! 姿形だけでも不愉快千万だというに、吾輩のビューティーかつグゥレイトな技までマネっこするとは! いくら吾輩に憧れてちょっぴり熱視線!? とはいえ許し難いのであーる!!」
 機内のどこかで爆発でもあったのか、豪快にアフロヘアーになっているウェストが憤っていた。
 衣服は煤まみれのボロボロで、ほぼ半裸状態。何というか変態に拍車がかかった感じである。
「うわ、初めて近くで見たけど……想像以上にアレだな…」
 あそこまで突き抜けていると、呆れや侮蔑を通り越して、いっそ畏敬の念すら抱いてしまいそうになる。関わりあいたくはないが。
「博士うるさいロボ。邪魔だからちょっと黙っているロボ」
 ウェストの無駄に高いテンションに対し、、こちらは冷静そのもの。起伏のない声が破壊ロボから響く。
「エェルザあっ! ただでさえ寒ぅ〜い格好になっている吾輩に対してなんと冷たい言葉っ!?…」
「すぐに熱くならざるを得ないから我慢するロボ。それからソコでぶら下がってるオマエ!」
「へ?」
 アームの一本に指(?)刺され、ジョージは思わず間の抜けた声を出す。
「お前も邪魔だからどっかへ消えるロボ。すぐに追撃が来るロボ。博士みたいな規格外ならともかく、普通の人間が巻き込まれたら、確実にオダブツロボ」
「え、あ、うん。どうも……」
 このありえない語尾、そしてここまでのやりとりからすると、この声の主が噂に聞くロボ娘、エルザなのだろう。悪者のくせにどうやらジョージに気を遣ってくれているようだ。
 しかし…、
 うっかり素直に返事をしてしまったが、考えてみればそもそもの原因はこの連中にあるのではないか。
 足下で無惨な姿になってしまった『元』我が家が視界に入った瞬間、ジョージは瞬間的に我を忘れた。
「…ってちょっと待て! 巻き込まれたらも何も、もう巻き込まれてるってんだよ! お前ら下にあるのなんだと思ってやがんだ!」
「なんだってんロボ」
「俺んちだよ、お・れ・ん・ち! どうしてくれんだよ! 明日からの寝床とか、ベッドの下のアレとか、こんなことならさっきライカ姉ちゃんのチョコ全部食っとくんだったとか!」
 微妙にさもしさを醸し出しながら全力で抗議する。ムダだとはわかってはいるが、叫ばずにはいられない。
「なんだ、そんなことロボか。戦いに犠牲は付き物ロボ。蚊に刺されたと思ってきれいさっぱり忘れるロボ」
「忘れられるか!!!」
 忘れられようはずもない。ジョージの短い人生の記憶のほとんどはこの場所で占められているのだ。
 コリンにした悪戯も、アリスンとのケンカも、ライカの心底苦痛なお説教も……ほかの何にも代え難いジョージの全てがそこにあったのだ。それをどこからか降って沸いた理不尽な暴力によって全て瓦礫にされてしまったのだ。
 その上それを「そんなこと」呼ばわりされ、ジョージの怒りのメーターは完全に振り切った。
「ふざけやがって…! お前ら一発殴らせろ! そこ動くんじゃねえぞ!!」
 逆さ状態から器用に一回転し、瓦礫の上に飛び乗ると、破壊ロボの上でうなだれているアフロの変態に向かい、獣の咆哮をあげて飛びかかった。
「ぬあぁああああっ! なななななななんであるかっ!?」
 突如、目の前に現れた殺気の塊のような『暴漢』にウェストが狼狽の声を上げる。
「くたばれ!!」
「のぉおおおおおお!」
 ジョージの必殺の威力を込めた拳がウェストの顔面を捉える寸前、
「世話が焼けるロボ」
 の声とともに巨大な何かがジョージの体を吹き飛ばした。ジョージの体は十数メートル先のビルの窓の中に突っ込んで消える。
 ウェストの目の前で破壊ロボのアームが面倒くさげに揺れていた。
「おお、エルザ! ごごごごご苦労なのである! いきなりのことに吾輩ちょっぴりチビっちゃったのである」
「…それが事実ならこっちに一歩たりとも近づくんじゃねえロボ」
「エルザっ!?」
「……っ!!!! お遊びはここまでロボ博士! 追撃来るロボ!!」
「む、復旧はどこまで進んでいるのであるか?」
「40%! まだ戦えるレベルじゃないロボ!」
「うぬぬぬぬっ! ええい、やるしかあるまい! 行くぞスーパーウェスト破壊ロボ・ドリルエディション・ちょっと壊れちゃってるけどそこは努力と根性でなんとか頑張るのVer.!!」
 ウェストが男らしく操縦席に飛び降りる。
「うわ、しょんべん臭えロボ!」

 

 教会へ続く路地を曲がった所でアリスンが目にしたものは、破壊ロボの腕にはじき飛ばされ、たちの悪いカトゥーンさながら目の前のビルの中に突っ込んでいくジョージの姿だった。
!!」
「ちょっ…! うそ、冗談でしょ…」
 アリスンに追いついたライカの目にも同様の映像が映っていた。最悪の事態を想像して、血の気がさっと引いていく。
「ジョージっ!!!!」
 アリスンが再び走り出す。
 ジョージが消えていったビルの中に脇目もふらずに駆け込んでいく。
「待って、アリスンちゃん!」
 ライカも後を追った。



 同じ風景を別の角度、上空から確認していたのは、ウェストを追ってきた九郎とアルだった。
「お、おい! 冗談じゃねえぞ!」
「慌てるな九郎。ジョージならば心配いらん。当たる瞬間とっさに飛んでおったから死にはせん。まったく器用な奴だ」
「わかってる! 問題はそこじゃねえ。今ジョージがぶっとんでった近くにライカさんとアリスンが見えた!」
「なっ!」
 九郎の証言にアルが絶句する。
「ななな、どういうことだ!? とうに避難が済んでいるはずであろうが! 揃いもそろって何をやっておるのだ彼奴等は!」
「俺が知るか! なんにせよマズい! 偽モンがもう追ってきてる!」
 全速でウェストの元へ飛ぶ九郎の背後から、確かなプレッシャーが伝わってくる。
 ウェストの破壊ロボを完膚無きまでに殲滅せんと、その魔力を惜しげもなく撒き散らしながら。
「くそっ! あんな図体のくせして…速え!」
「仕方あるまい、九郎! 此処で彼奴を迎え撃つぞ!」
 この場でなんとか食い止めて、ウェストの破壊ロボがわずかでも回復するのを待つしかない。このまま行かせてしまってはウェストはおろか、アリスン達までが危険に晒される。
「了解、行くぞアル! クトゥグア! イタクァ!」



 息を切らせ、祈りながら、涙をこらえて階段を駆け上る。
 ろくに確認はしなかったが、ジョージが突っ込んでいったのは5階か6階のはずだ。まずは5階に飛び込み、各部屋の扉を片っ端から開けて回る。

─ジョージ! ジョージ! ジョージ!

「開かない…! …っ!!!!」
 数部屋を確かめたところで鍵のかかっているドアに出くわした。
 アリスンは迷わずに魔力の塊をノブに叩きつけた。
 ばつんと弾けるような音がしてドアの一部が円形に消滅する。
 九郎であれば「開錠」の魔術程度なら一瞬で編成できるのだろうが、『本』を持たないアリスンは、まだ術を術として制御するレベルに至っていない。ただ力を力としてぶつけるのが精一杯だった。
 かくして開いた扉の向こう、そこにジョージの姿はない。

─次!

ライカが廊下の逆側を調べているのを確認し、次の部屋へと移る。
 また鍵が掛かっていた。
「このぉっ…!」
 ばつん。
 先ほど同様に扉を破壊する。
 ジョージの姿はない。

─ジョージ! どこ!?

 あれだけの勢いではじき飛ばされたのだ。大怪我をして動けなくなっているに違いない。
 いや、もしかするともう…
 あってはならない出来事が頭をよぎる。
(そんなことあるわけない!)
 無茶な魔力の使いすぎで頭の奥がきりきりと痛むが、こんなものは今は些末なことだ。
 もう幾つ目になるのか、ドアノブを消し飛ばし、中に入る。
「っ!」
 息を呑む。今までの部屋とはちがい、内部が派手に荒れていた。
 窓は枠ごと粉砕されており、事務机、戸棚が倒れて、書類や本が散乱している。さながら砲弾でも撃ち込まれたかのようだった。
 そして割れた窓の向かい、アリスンの開けたドアのすぐ脇の壁際に、探していた姿があった。
 彼女がしていた最悪の想像、それをさらに裏切る形で。
「……ジョー、ジ?」


「いたたたたた。あぁっ、くそ! 余計な 横ヤリいれやがって! あんなデケエの避けられるか!」
 そこあったのは、ぶつけたと思われる肘と頭をさすりながら、元気いっぱい毒づいている少年の姿だった。
「……」
「待ってろよ変態科学者!  今もう一発かましに行ってやるからな!!」
「………」
「世の中に倍返しって言葉があることを教えてやらあ!」
「…………」
「…あ、あれ? アリスン!?」
 いざ、再挑戦という段になって、ジョージはようやく傍らに佇むアリスンの存在を認めた。一瞬驚いた表情を見せたあと、この場にアリスンがいるという不自然さに気が付きジョージは声を荒げて問いつめた。
「こんなとこで何やってんだよ! さっさと逃げっ、お?」

ぱあん!

 甲高い衝突音。
 頬に痺れる様な痛み。
 平手。
 だった。
「……」
「……」
「……は?」
「……」
 熱くなっていた思考が完全に停止した。
 痛くはない。普段から師より致死性の拳打をもらい続けているジョージにしてみれば、蚊に刺されたような一撃だった。
 ただ、驚きのあまり静止した。
 叱られ、怒られ、叩かれたことは数あれど、こんなふうに泣きながら叩かれたことは初めてだった。
「え、と。え?」
「うぇ…ひっ…」
「あー、その…えっと」
 アリスンはしばらくジョージを厳しい目で見つめていたが、やがてそのまましゃがみ込んで、本格的に泣き出してしまった。
 不測すぎる事態にジョージは為すすべもなく立ちつくす。
「あ、アリスン? あー、っと…ど、どうしよう…」

ゴン!
「痛えっ!」
 どうすることもできず、狼狽えまくっているところへ今度は脳天への衝撃。こちらは非常に慣れ親しんだ、痛烈な威力を伴った一撃だ。
 悶絶しつつ振り返ると、そこに閻魔にしか見えない菩薩の微笑み。
「ジョージくぅん? 『こんなところで何やってだよ!』 はあなたのほうでしょー?」
「ラ…だっ!」
 "ライカ姉ちゃん"と言おうとしたところへ再度一撃。
「ほんとに何やってるの、お馬鹿さん」
「いつつ…いや、コレには海より深い事情が…あいた!」
「言い訳はあとで聞きます。まあ、なにがあったにしろご飯抜きは免れないと思ってなさい」
 ライカは窓の外に一瞬視線を移し、かなしい表情を見せる。
「もっとも、ご飯食べる所はなくなっちゃったみたいだけどね」
「……っ」
 先ほどの悲惨な情景が目に浮かび、ジョージは唇をかみしめた。
 そうなのだ。もう自分たちが帰る場所は無くなってしまったのだ。
「でもねジョージ。さっきのを見る限りわかってないみたいだから言うけど、家なんかより命のほうが何倍も大事なんですからね。死んじゃったら家もご飯も意味ないんだから」
「…うん」
「はい、じゃあここで問題。今ジョージくんがすべき事はなんでしょう? チッ、チッ、チッ、ポーン♪」
「……みんなで無事に避難すること」
 ふくれっ面で答える。
「よくできました。それじゃさっさと逃げましょうか。アリスンちゃーん。もう泣かないの。ジョージはちゃーんとあとで油絞りますからねー」
 ライカはアリスンを抱えて慰めるように頭をぽんぽんと叩くと、ジョージを引っ張ってその手を握らせた。
「あ」
「いいことジョージ? 責任もってしっかり守るのよ。怪我でもさせたらご飯抜きじゃすまないんだから。ホラ、行くわよ!」
 そういってジョージの背中を押した。



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